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他人は変えられない?

こんにちは。
LifeTraverseチーフコーチの黒岩です。
ブログを読んでいただき
ありがとうございます。

最近私が理事を務めている法人で
全職員1ON1をしました。

よくいわれることですが、
人間の悩みの大半は
人間関係についてです。

今回の面談でも
それが如実に表れていました。

そして人間関係が難しくなる
原因のひとつが、
自分の「正しさ」の基準で
相手を見ること。

またはその「正しさ」を
押し付けてしまうこと。

今回はアドラー心理学の
「課題の分離」を参照しながら、
人間関係構築について
考えてみたいと思います。

「べき」と「ねば」の功罪

みなさんの大切にしている
価値観ってなんですか?

そのなかに、
「~すべき」とか
「~ねばならない」という
信念は入っていますか?

信念は人生の羅針盤ですから、
目指すところに向かう
大事な指針になりますよね。

一方で、
過度にこだわると
柔軟な発想や行動を
阻害する縛りになります。

ましてその信念を軸に
他人を評価したり、
信念そのものを
相手に押し付けたりすると、
それはもはや
相手を切り刻む可能性をもった、
危険な刃物になりえます。

例えば
「仕事では全身全霊をかけて
自己実現しなければならない」

「仕事はライフの一部。
すべてを捧げるべきではない」

これはどちらも正しいですよね。
というか個人の価値観ですから、
他者が間違っているとは言えない。

このように、
「べき」「ねば」は
自分にとっては未来に繋がるロープ
であると同時に、
自分を縛るロープにもなる。

一方、他人に向けると
それは干渉という名の
「刃」になってしまうものです。

ちなみに、
「べき」と「ねば」につながる、
「普通は~」「どうかんがえても~」
も要注意ワードです。

人によって「普通」は異なるのに、
押し付けてしまう。
これも鋭い「刃」になりえます。

アドラー心理学「課題の分離」

ここで、
アドラー心理学を
紐解いてみましょう。

ベストセラー『嫌われる勇気』
によりアドラー心理学は
一気に広まりました。

理論の大事なポイントとして
「課題の分離」があります。

これは対処すべき自分の課題と
他者の課題を区別せよ、
ということ。

他者の課題に立ち入ることで、
人間関係は崩れやすくなると
説いています。

例えば、
自分の子どものテストの点数。

これは子どもの課題であって、
親の課題ではない。

また定時に帰宅する職場の同僚に
物足りなさを感じることも、
他人の課題に踏み込んだ
思考ということになります。

「学校ではいい点をとらねばならない」
「仕事を最優先すべし」という、
「ねば」と「べき」を
他者に向けてしまっているわけですね。

「ねば」「べき」の
メガネをかけた人は、
「相手のためにやっている」
と言います。

でも相手の課題に
踏み込んでいるのは、
自分のために
相手を変えようとしている
場合がほとんどです。

自分が安心したり、
世間からの見え方や
評価を気にしているため、
他者の課題に干渉してしまうのです。

そして「ねばべきメガネ」を
かけた人が上司や親だった場合、
なかなか拒否できないし
逃げられません。

でもその不安や不満は
鬱屈とたまっていきます。

「正しさ」の代わりに「問い」を置く

世の中には、たくさんの
「正義」があふれています。

でも正義は個別性が高いんです。

自分の正しさと、
他者の正しさは違う。
これが前提。

そして正しさ同士はぶつかります。
世の中の戦争はだいたい
この「正しさ」が衝突した結果です。

ロシアにもウクライナにも
独自の正しさがあり、
イスラエルにもハマスにも
正しさがある。

その正しさを相手に押し付けて、
ぶつかると、戦争になる。

正しさに固執すると、
相手だけでなく結果的に
自分を傷つけることになります。

人間関係がうまくいかないと
お互い傷つきますよね。
お互いが被害者になり、
加害者になってしまう。

ではどうするか?

経営大学院の
ファシリテーションのクラスで、
「意見はぶつかるが、
論点はぶつからない」
と教わりました。

正しい意見を言いたくなった時は、
間に「問い」をそっと置いてみる。

「ウクライナの地政学的役割は
なんだったのか?」
「それは今後も続くのか?」
「東ヨーロッパ諸国の平和とは?」
「そのためにウクライナとロシアは
なにをすべきなのか?」

「かもしれない」で自分と未来を変える

よく「他人と過去は変えられない」
と言いますよね。

確かに他人を変えようとすることは
コストがかかるし効果も薄い。
過去にとらわれていても
どうにもならない。

それなら
「自分と未来は変えられる」
とわりきって、前に進む。

その場合、
「かもしれない」内省が有効です。

相手が
そっけない態度をとってきたり、
自分と目を合わせてくれない時は、
まず自分に変えられる点はないか、
振り返ってみましょう。

相手の敵愾心や恐怖には
すべて理由があります。

それをもし
自分が作っていたとしたら?

こちらが意図していなくても、
相手はさまざまな情報を
自分なりの解釈で受け止めます。

あの時の発言、
態度がいまこの状況を
つくっているの「かもしれない」。

つねに「かもしれない」を
ポケットに忍ばせておくと、
自分を俯瞰して
客観視することができます。

その推察から、
こちらの態度を変えたり、
こちらの真意を伝えるべく
相手にぶっちゃけ話をしてみたり、
行動を変えていくことができます。

誰かとしっくりいかないなと
思ったら、キラーワード
「~かもしれない」を
引っ張り出して内省してみましょう。

これは
自分と相手の間に「問い」を置く
行為にもつながります。

そうすることで
関係性改善のヒントが見つかる
「かもしれません」。

ちなみに、
過去の事実は確かに
変えられませんが、
過去の意味付けを変えることは
できると思います。

単につらい経験なのか?
失敗の歴史なのか?

そうではなく、
今の自分を形作ってくれる
尊い要素の一つだととらえ直せば、
過去の意味も活きていきます。

他人も過去も、
要は、すべて自分次第なのです。

and, the trail continues.

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photo by TAKAO JINBO